卵の殻が割れるとき

1年にわたりこちらの方でブログを書いてきましたが、もとのBloggerに帰還することにしました。現在はこちら→http://ichiharu-bl.blogspot.jp/

錦織は4年間でどう変わったのか?プレイスタイルの変遷を追う!

f:id:ichiharu12:20130216131407j:plain:w500

 このところ忙しさのあまり更新が滞っているイチハルです。なんとか一週間に一度は記事を出したいと考えているので、今後もよろしくお願いします。

 さて、前の記事で錦織の決勝での試合について分析してみましたが、ここで私がふと気になったのは、「錦織のプレーって昔と今でどう変わったの?」ということです。今回は錦織のプレーが一躍ブレイクした2008年と2012年現在とでどう変化していったのかを探っていきたいと思います。先に結論を言っておくと、楽天オープンでのプレーを見て私が一番に感じたことは、「ようやく原点に立ち返り始めたな」ということでした。

 錦織がデルレイビーチ国際でブレークを破り、若干18歳と史上2番目の若さでツアー初優勝を飾った2008年、錦織のプレーは非常に独創的だと言われ、既に高い評価を得ていました。そのプレーの軸となるのは厚いグリップから自由自在に放たれるフォアハンド。そして『Air K』に代表されるように、軽やかに飛び跳ねるようなフットワークが特徴的でした。戦術の基本となるのは、フォアハンドの多彩な攻めとそれを活かす小技であり、特に相手のポジションを良く考えたコートの使い方は本当に18歳かと驚いた記憶があります。

 動画を見てもらえばわかるように当時から足は速く、プレーを支える細かなフットワークの基盤もすでにできあがっていたことがわかります。他に類を見ないようなフォアの球質にばかり目が行きがちですが、バックハンドでもしっかりウィナーをとっており、ポイントポイントで現在にも繋がる特徴が見て取れます。

 その一方で2009年に慢性的な肘の怪我で手術を受けたことで、フォアハンドのフォーム変更が急務となりました。結果的に最大の武器が窮地に立たされたわけで、いろいろなところで錦織の今後を心配する声が聞かれましたよね。ここは議論のあるところかと思いますが、復帰後のフォアハンドは決して悪くはないものの、さすがに以前ほどの威力はないようで、一発で相手を追い込むようなボールを打つことはあまりなくなりました。

f:id:ichiharu12:20130216131604j:plain:w400
右半身を内側に絞り込む変則的なフォームのため、肘の故障はかねてから懸念されていた。

 しかしそれがプラスに働いた面もあります。フォアハンドで無理ができなくなった分、バックハンドとラリーの組み立て、そしてディフェンス力の強化が取り沙汰され、コーチのダンテとギルバート(後に契約解消)のもと鍛錬に励んでいく中で、それらは確実に磨かれていったものと思います。取り組みを始めた当初はなかなかディフェンシブなプレーがなじまず、相手に自由に打たせる展開になるなど、必要以上に消極的なプレーをすることが多々ありました。しかし昨年のデビスカップと上海あたりから攻守のバランスがとれてきたことにより、本人も「勝ち方がわかってきた」とコメントするほどの成長を見せました。この時の成績はあらためて語るまでもないですが、それからは以前よりも明らかにプレーが安定し、あわよくばトップ10を脅かすまでになりました。

 プレースタイルの軸はフォアハンドからバックハンドに移り、精度の高いクロスラリーを起点としてじわじわと相手を揺さぶるテニスをするようになった錦織。トップ10選手ともなると一発でそのポイントの流れを持っていかれるようなショットを持っていますが、錦織は徹底して強化したフットワークによってそのショットを打たせない、あるいは打たせても連続攻撃されないようなボールを返せるようになってきました。

 持ち味の素早い足運びも以前のような上下動は極力抑え、地を這うような動きで確実にボールにアジャストしてきます。ショットを打った後のリカバリーも素早い。ジョコビッチナダル、マレーなどのような強烈なカウンターこそありませんが、淡々とチャンスを伺うそのしたたかさが、上位選手にとっては非常に厄介だったことでしょう。しかし一方でビッグサーバーやフラット系の強打を持ち味にする選手などに対しては後手に回りがちであり、苦手のサービスゲームをブレイクされて押し切られてしまうこともしばしばでした。

 そして今年。地元日本で開催された楽天オープンにおいて、直前のデビスカップやクアラルンプールで得たというヒントを糧に、錦織のテニスは2度目の大きな転機を迎えます。フィジカルを磨きに磨いて手にした堅実なディフェンスはそのままに、テンポの早いライジングショットによって強力な展開力を手にしました。特に準々決勝のベルディフ戦ではそれが遺憾なく発揮されていたと思います。たとえ攻められていても、確実なクロスコートへの返球によってラリーをニュートラルな状態に戻せれば、自分に優位な早いテンポでの展開に持ち込めるというのは非常に大きい。加えて、かねてから課題と言われていたサービスがキープできるようになってきたことで、ますます得意のリターンゲームが活きるようになりました。

 圧巻だったのは準決勝のバグダティス戦で、それまで0勝3敗と苦手にしていたのが嘘のように、圧倒的なストローク力でゲームを支配していたことです。フォアからもバックからも、わずかに現れた好機を逃すまいとばかりに積極的にオープンコートへ展開します。フィニッシュも素晴らしく、ボレーも確実に上手くなっていると感じました。私もその試合は直接現地で観戦していたのですが、後にも先にもこれほど調子がいい錦織は見たことがありません。

 このような錦織の新たな変化をどう評価するか。私は記事の最初にも書いた通り、これを「原点回帰」と考えます。本来、錦織のテニスとは立体的な展開力と予想の裏をかく配球でもって相手を翻弄する攻めのテニスだったはずです。デルレイビーチ優勝時のプレーに表れているように、得意のストロークを主体としつつもドロップショットやボレーなど幅広い選択肢を用いてポイントをとる、バラエティに富んだテニスです。それが、肘の故障や課題であったディフェンス力の強化のために、一時期は置き去りにされていた。このディフェンシブなスタイルへの変更が錦織の戦術の幅を大きく広げたことは確かですが、一方で新たなスタイルへのアジャストに時間がかかったのは記憶にあたらしいところですし、また身につけた後でも、フォアハンドで半ば強引に展開しようとする場面はしばしば見受けられました。

f:id:ichiharu12:20130216131727j:plain:w400
あらゆるショットを用いた総合的なゲームメイキングが錦織最大の持ち味。

 それに対して、ライジングショットによるテンポの早いラリーで相手の時間を奪うというのは、戦術的にもスタイル的にも錦織に合っていると思います。もともと早い攻めが好きな選手ですし、ジャンピングショットを多用していたのも、少しでも前で、高いところでボールを捌きたいという思惑があってのことです。相手に攻められた時の切り返しとしても、意図的にライジングでボールを処理することもありました。このアグレッシブなスタイルは確かにリスクはありますが、他の大型選手のように一発のビッグショットに頼るよりも、錦織自慢のフットワークによって精度を補うことができる点で優れていると考えます。もちろん調子の良し悪しというのはあるでしょうが、その時にはこれまで培った守りのテニスが活きてくるでしょう。私個人としては望ましい形の変化なのではないかと感じています。

f:id:ichiharu12:20130216131756j:plain:w400
たとえ深いボールでも臆せずライジングで振り抜いていく。

 このように新たなスタイルを確立した錦織ですが、果たしてこのスタイルがツアーの上位選手に広く通用するのか、そして継続可能なものであるのかは今後の錦織のプレーを見てみなければわかりません。このスタイルはただでさえ運動量の多かった今まで以上に過酷なフットワークを要求します。肉体のケアもいっそう重要になっていく事でしょう。先週の上海は楽天オープンの疲れや足首の不調もあって、残念ながらクエリーに敗れてしまいました。活躍しては怪我に泣くジンクスからも、そろそろ開放されたい頃。これからのシーズン終盤、いかにポイントを手に入れ、継続してランキングを維持できるかが来季の躍進の鍵を握っています。