卵の殻が割れるとき

1年にわたりこちらの方でブログを書いてきましたが、もとのBloggerに帰還することにしました。現在はこちら→http://ichiharu-bl.blogspot.jp/

センス・オブ・ワンダーの世界【書評・ルリボシカミキリの青】

 福岡伸一氏の『ルリボシカミキリの青』を読みました。

 福岡伸一氏は青山学院大学で教授を務める傍ら、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』をはじめとして、科学、とりわけ彼自身が専門とする分子生物学に関連した著作を多く執筆しています。作風としては純粋な科学本というよりも、科学を話の枕にしたエッセイといった趣の作品が多いのが特徴。科学のもつ壮大なロマンを、芸術や文化、個々人の感性といった、人間の営みと絡め叙情的に書き綴る独特の文体には定評があります。そんな彼の70以上ものエッセイを集め、本にしたのが本書。

 本書は前述のとおりテーマの異なる多数のエッセイの集合体であるわけですが、一通りの話の区切りとして全体を貫くのが、タイトルにもある『ルリボシカミキリの青』についての話です。

 このカミキリムシは本の表紙にも出ている通り、青と黒のツートンカラーをした、およそ生息地である森林には似つかわしくないカラーリングの虫なのですが、その色彩の鮮やかさにはえも言われぬものがあります。福岡氏はこれを「フェルメールでも表現できなかった青」と表現しており、この青色に魅せられたことが氏が科学の道を志すきっかけとなったと語っています。

 私も一度だけ目にしたことがあるのですが、間近で見ると本当に目の覚めるような青色。筆舌に尽くしがたいものがあるというのは理解できます。このような、美しさに対して私たちの抱く、新鮮な感動や驚き、そういったものを福岡氏は「センス・オブ・ワンダー」と表現しています。

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タイトルにもあるルリボシカミキリ。
どうしてこんな生き物が生まれたのか、不思議になるほど。

 作品自体に関しては、福岡氏らしい親しみやすい文体で、身近な出来事に対して彼が抱いた感慨が書き綴られています。彼は文中で一貫して「福岡ハカセ」を自称するのですが、これは10代の読者を想定してのものでしょうか?『生物と無生物のあいだ』や『世界はわけてもわからない』等の著作と比較すると一般向けというか、より平易な表現や語り口で書かれている印象を受けます。

 日常に起こる様々な物や事。それに対して彼が抱く感慨は――もはや職業病?――科学との結びつきに他なりません。最も多く語られるのは、彼の説く「動的平衡」に関するもの。詳しくは彼の著作(『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』ほか)を参照していただければと思います。

 すべての生物は一時的に分子がその形をとって存在しているに過ぎず、生命とは絶えず迫り来るエントロピーの増大から逃れ、己の形を存続させようとする営みであるとする彼の考えは、仏教における無常思想にも通ずる点があり、彼の人生哲学にもなっているように見受けられます。(本文でも、鴨長明の『方丈記』の有名な一節、「ゆく河の流れは絶えずして…」が引用されている部分があります。)

 正直なところ、この作品を読むうえで(あるいは福岡氏の作品全般について言えるかもしれませんが)、一番の鍵となる部分はこの「動的平衡」の概念だと思います。これが理解できないと読みが上滑りしてしまいかねず、本来の作品を楽しめません。ただしこれがまた厄介で、これとは別に先行して同名の物理学上の用語が既に存在していたりするうえ(Wikipediaの解説では、氏の言う「動的平衡」はいわゆる「定常状態」であるとされています)、そもそもこの概念に賛同できないということもあり得ます。理解したうえでこの考えを受け入れる、あるいは賛同できなくとも一旦脇に置いておくといった読み方が必要になります。

 個人的なことを言えば、私自身は福岡氏のスタンスに近いものを持っており、氏の考えは比較的すんなり理解できるものでした。思想的にも相容れる部分があったため、割と楽に読み進められた方だとは思います。しかしそれでも何度も繰り返される「動的平衡」の想起はさすがに終盤キツくなってきました。基本的にどのタイトルもその場限りの作品なのですが、特に意識しなければやはり頻繁に考えていることがそのまま反映されるということなのでしょうか。編集の段階でもう少しバランスの良い作品配分にできたらよかったのかなあ、と思いました。エッセイということもあり、内容自体はあまり価値あるものを詰め込んでる感じではないので、彼の文体の好き嫌いでだいぶ読後感が違うかもしれません。

 彼の科学観に関する記述では、多くの科学者が決してステレオタイプ通りの堅苦しい人間ではなく、文化や芸術に関しても理解があることを図らずも伝えることができているように思います。一方で叙情的な表現により、スピリチュアルな思想を肯定するものと誤解されかねない表現も多数含んでおり、これらはオカルトや、いわゆるニセ科学に対して脇が甘いのではないかと思う部分もあります。

 読者によって合う、合わないがはっきり分かれるタイプの著者であるとは思いますが、彼のスマートな表現力はただの科学者として放っておくにはもったいないことは確かです。感性の一致する方には是非、他の著作も読んでみてほしいですね。