卵の殻が割れるとき

1年にわたりこちらの方でブログを書いてきましたが、もとのBloggerに帰還することにしました。現在はこちら→http://ichiharu-bl.blogspot.jp/

「メタ」の失脚

 幼い頃から、ものが「わかる」ということが楽しくて仕方なかった。ガラクタの類を分解したり、捕まえた虫をじっくりと飽きることなく眺めているその時間がたまらなく至福だった。世界がどうなっているのか、物事がなぜ、どういう背景で起こっているのか、そういうちょっとした「構造」を知ると、幼いながらにとても清々しい気持ちになった。

 そんな私だからこそ、人並みの環境に置かれ成長しつつも、次第に観察物から自分を切り離す試みを始めた。傍観者という立場への帰属は、私にとってとても自然なことだった。思春期を迎え、どことなく自分が大きな存在になったような自我の肥大する過程の中で「メタ」という言葉を知るよりずっと前から、私はそのような営みを密かな趣味としていた。自分の楽しみが世間のそれとはいささか乖離しているらしいことも気付いてはいたが、それすらも自己を特別視する上での一材料となるだけであった。

 学生になり、訳あって人の上に立つ仕事に就くことになった。初めはそう難しいことはないとタカをくくっていた。これまでも人をまとめる仕事に携わって来た経験があった。かつては生徒会で会長の補佐をやっていたこともあったし、頼られる立場には慣れていたつもりだった。しかし私は実際何もわかっていなかったのだ。自分の決定で人が動くということの意味を。批判や非難の声がどれほど心に響くのかを。他人の負の感情を受け止め切れない自らの精神の薄弱さを。


「もっとこうすればいいのに」
「何を考えてるんだ?」
「俺の立場も考えろ」


 複数あった評価する声さえ、不満と不信を抱かれることへの恐怖にかき消された。わかってはいるのだ。何事も程度問題だ。それなりの数の人間がいれば、賛否両論出るのは当たり前だ。そんなことはわかりきっている。だが、割り切れない。

 自分はもっと大きな人間だと思っていた。ごく一握りの人間とは言わなくとも、並の人間より少しは冷静で客観的な優れた人間だと信じていた。「メタ」は大いなる武器だった。これを持つことで私は多くを知ることができたし、また行うことができた。

 ところがこうなってみるとどうだ。物事を俯瞰したつもりが、ただの現実逃避に陥ってはいないか。現実からの乖離を深めることで、当事者意識を喪失してはいないか。客観を装って、上から目線で無責任な言葉を放ってはいないか。私の自慢の武器はしかし、逆説的に私を弱体化せしめたのだ。過剰に適応しすぎていた。

 俯瞰こそ、傍観こそ至上だと悟った。なるほど無敵になった気がするわけだ。自らを安全地帯に置いてさえいれば、何も怖いことはない。私は安住の地に引きこもるという姑息な手段をとっていただけだったのだ。安息が破られれば、もはや私に抵抗する力はほとんどなかった。

 こうして私と「メタ」の蜜月は崩壊した。



※結局のところ、肝心の役職自体は苦しみながらも任期を全うすることができた。得るものも大きかったが、もう一度やろうとは思わない。いい経験になったとは感じている。学生というこのモラトリアムが続く間に、少しずつでも責任と甲斐性を身につけたいものだと思う。